2026年1月、京都はなれ店のギャラリー「にかい」で開催された『嚶鳴の午後』。音楽デュオ「融解(もくぞう)建築」によるライブと、漆芸作家・貫名 渚さんの作品が展示されたイベントは、視覚と聴覚が融け合うような、特別な2日間となりました。
これまでにない独特の雰囲気に包まれ、「にかい」という空間の新たな可能性を感じた素晴らしいイベントが、どのようなプロセスで形作られていったのか。主催の「融解(もくぞう)建築」のおふたりに、その背景などを伺いました。
融解(もくぞう)建築のご紹介をお願いします。
大元は「融解建築」というインストゥルメンタル・バンドです。フルート、エレキギター、キーボード、ベース、ドラムの5人編成で「多次元ロック」を標榜し、古今東西の様々な音楽に影響を受けながら、独自のサウンドを目指しています。
その融解建築の楽曲を、フルートとピアノのデュオによって再構築するサブユニットが「融解(木造)建築(ゆうかいもくぞうけんちく:略称「木造」)」です。バンド本体より楽器が少ない分、楽曲のエッセンスが浮き彫りになりつつも、ロックというよりはクラシック音楽のような、全く異なる印象になると思います。また、バンドでは音量負けしてしまうバロック・フルート、ロマンティック・フルートなども使えるので、笛の微細な音色や表現の違いも伝わります。
さらに、ピアノではなくトイピアノで再アレンジした形態が、今回の「融解(もくぞう)建築(通称「ひらがなもくぞう」)」です。リコーダーやオカリナ、トイピアノなど、リスナーにとってより身近な楽器も使い、演者と観客とがごく近い距離、親しい雰囲気で楽しめることを心掛けています。

融解(もくぞう)建築として活動を開始された背景についてお聞かせください。
まず前提として、バンド本体が演奏できるのは、ライブハウスや音楽ホールのような、ドラムやアンプなど大きい機材が置けて、大音量が鳴らせて、スピーカーなどの設備があって、というようなところに限られます。
一方でピアノは、飲食店や公共の施設など、街の身近なところにも意外とありますよね。また、ピアノがなくても電子ピアノを持ち込めるところは多いです。こういう場所を活用して演奏機会を増やしたいと考え、漢字の「木造」を始めました。そこからさらに、ピアノがなかったり電子ピアノを持ち込めなかったりする場所でも演奏できるようにしたのが、ひらがなの「もくぞう」です。
きっかけは「場所の幅を広げたい」ということでしたが、先ほどお話ししたように、音楽的な幅もそれぞれ異なる方向に広げることができたのは思わぬ収穫でした。まさに「多次元」の言葉にふさわしい魅力を感じてもらえるのではないでしょうか。
とても印象的なバンド名ですが、由来を教えていただけますか?
フリードリヒ・シェリングという18〜19世紀のドイツの哲学者が「建築とは凝固した音楽である」という言葉を残しているのですが、逆に考えると「音楽とは融解した建築である」といえます。これが由来です。

「嚶鳴の午後」は、どのようなコンセプトで企画されていったのですか。
お話をいただいた当初から、単なる音楽のコンサートではなく、旧い京町屋のギャラリーという、他にはなかなかない会場ならではのイベントにしたいと考えていました。そこで、和の魅力、特に京都を感じることができるコラボレーションとして、京蒔絵の伝統を受け継ぐ漆芸作家の貫名さんにお願いしました。
空間演出自体は、貫名さんの作品や展示レイアウトが先行しています。ただ、我々「もくぞう」と貫名さんとの間で一致していたのが、漆作品と音楽ライブを単に並べるだけではなく、相互作用が欲しいということでした。そのため、何度もやり取りを重ねながら企画を固めていきました。
イベントのタイトルが表す通りの会場の雰囲気だったと思います。
「嚶鳴」という言葉は貫名さんの発案です。鳥が互いに鳴き交わす様を表す語ですが、相互作用というコンセプトにぴったりなことに加え、漢字そのものにも視覚的な美しさがあり、これ以上ないイベント名になったと自負しています。「漆の響き、音の煌めき」というサブタイトルには、漆と音楽、視覚と聴覚の間を自由に行き来したいという思いを込めています。
そして、この言葉から「鳥と植物」を主題に据えた作品というアイデアも具体化しました。「花鳥」は古来から日本美術の代表的な画題ですが、貫名さんの現代的な視点と技法により、伝統にのっとりながらも新鮮な作品群が生まれます。また、『二人静』や『小夜時雨』は、融解建築の同名の楽曲から着想された作品です。
次は逆に、これらの作品を基にして音楽を構想していきました。『二人静』や『小夜時雨』は勿論、他の楽曲も大半は貫名さんの作品で描かれた植物を主題にしたものを選んでいます。また、伝統的な木造建築である会場に合わせ、金属製の普通のフルートよりも木製の伝統的な楽器であるロマンティック・フルートを積極的に使いました。

休憩中に提供された、お茶やお菓子にもこだわられたと伺いました。
正月なので大福茶に因んで梅昆布茶にしたのですが、貫名さんが制作した漆器を使用するので、その上品さに見合うよう、添加物不使用で本当に梅と昆布と塩しか使っていないものを探しました。さらに、その梅昆布茶に合うお菓子を、何種類も試食を繰り返して選びました。
貫名さんとは、どのようなきっかけで知り合われたのですか?
数年前にバンドの販売用グッズを企画した折に、融解建築というバンド名、プロの書家に揮毫していただいたロゴ、音楽性や京都という活動拠点から連想される雰囲気などに鑑みて、漆を使ったグッズは面白いのではないかという案が出ました。その制作をお願いしたのが貫名さんだったのですが、実はそもそも貫名さんは友人の配偶者だったのです。縁は不思議なものですね。

貫名さんの作品で飾られた「にかい」の雰囲気はいかがでしたか?
素晴らしかったです。漆、蒔絵、螺鈿は光の具合で様々な見え方をするのですが、「にかい」は南向きに大きな窓があるので時間帯によって陽の光の量や角度や色が変わり、見る度に作品の異なる表情を楽しめました。
また、単なる「作品展」ではなくコンセプトに基づいた作品が並んでいるため、展示にストーリーを感じることができたのも良かったと思います。

上がり二階をステージに見立てて行われたライブは、目前で演奏を堪能できる贅沢な時間でした。「にかい」でのライブは、いかがでしたか?
お客さんとの距離が近く、会場全体が皆さんの集中力で満たされる濃密な空間になっていたのが印象的でした。ちょっとした息遣いも感じ取ってもらえて、まるで漆器を手に取って鑑賞するように、音楽の手触りを感じてもらえた気がします。
「にかい」は京町家の一室に設けられた特殊な環境ですが、楽器演奏との相性はいかがでしたか?
小規模の演奏会にとってぴったりの、温かな響きでした。細かいニュアンスも客席に届くため、ライブハウスではできないような繊細な表現も可能で、演奏中にたくさんアイデアが湧いてきました。

「嚶鳴の午後」を体験した方々の反応はいかがでしたか?
皆さんとても喜んでくれました。漆を見に来たけど音楽も楽しんでくれた方、音楽を聴きに来たけど漆も楽しんでくれた方、双方向のクロスオーバーが生まれたので、開催した手応えを感じています。
今後の活動予定など教えてください。
今回は聴覚を主としたコラボレーション企画でしたが、嗅覚にアプローチするイベントも考えてみたいですね。お香とか、アロマとか。我こそはという方は是非とも御連絡ください(笑)

※写真提供
- 貫名 渚
- 池島 賢