海と山に抱かれ、豊かな自然の恩恵を受ける新温泉町。その美しい景色の裏側で、深刻化しているのが、獣害です。日本各地で課題となっている獣害を、地域の「価値」へと変えることはできないか。そんな逆転の発想で、地方創生の新たなモデルを築こうとする若者がいます。
新温泉町へ移住し、この地に根ざして活動する株式会社KASEGI代表・尾関栄海さん。地域のために奔走する彼の、ひたむきな挑戦に迫ります。
尾関さんのこれまでの歩みについて教えてください。
1999年生まれ、愛知県出身です。以前は飲食店に勤めていましたが、新型コロナウイルスの影響で辞めることになり、新たな仕事を探していました。そんな時、ハローワークでお世話になった担当者の方から「地方創生」に関わる仕事を勧められたのが転機です。
そうして2021年、地域おこし協力隊として新温泉町へやってきました。隊員として4年間活動したのち、現在は「奥八田杜の鹿肉工房(おくはった・もりのしかにくこうぼう)」を起業し、運営しています。
新温泉町での暮らしはいかがですか?
食はもちろん、四季折々の自然に恵まれた、心地よい場所ですね。初夏の風が爽やかな上山高原、エメラルドグリーンの海が広がる夏の居組、そして冷えた体を癒やしてくれる冬の湯村温泉。雪の多さにはまだ慣れませんが(笑)。
また、町内のコミュニティがとても活発なことにも驚いています。公私を問わず様々な方とつながることができ、人の温かさを実感しています。

新温泉町で「奥八田杜の鹿肉工房」を起業された経緯を教えてください。
地域おこし協力隊として活動する中で、奥八田地域での深刻な鹿の食害や、上山高原の生態系を守る活動の現場など、自然環境が抱える課題に直面したことがきっかけです。
対策として捕獲は行われていますが、その命の多くが捨てられている現状を知り、「この命を資源として活かし、価値に変えたい」という強い思いが生まれました。地域に新しい産業を創出し、この奥八田が社会から必要とされる「持続可能な営み」を作っていく。その決意を胸に、起業しました。
「奥八田杜の鹿肉工房」では、どのような商品を扱われているのですか?
地元の猟師さんが捕獲してから1時間以内の、鮮度の高い鹿を仕入れて加工・販売しています。なかでも、但馬杜氏組合と共同開発した麹熟成鹿肉、「醸鹿(かもしか)」は看板商品です。麹の酵素がタンパク質を分解してアミノ酸に変化させることで、他にはない、深く濃厚な旨みを持つ鹿肉に仕上がっています。

鹿肉と麹の組み合わせは珍しいですね。
地域おこし協力隊の活動を通じて、但馬杜氏組合の皆さんとご一緒する機会がありました。その交流の中で、「鹿肉をより美味しくするために、麹が合うのではないか」というアイデアが生まれたのが始まりです。
ここには書ききれないほど長い話になってしまいますので、詳しくはぜひ自社のnoteをご覧ください。試行錯誤の連続でしたが、とっても面白い開発でした。

新温泉町で「醸鹿」を堪能できる場所はありますか?
湯村温泉の宿泊施設などで、「醸鹿」を使用した料理をお愉しみいただけます。また、道の駅 浜坂の郷では、お肉の販売も行っています。ご自宅で召し上がる際は、焼肉やカレー、フライなど、牛肉と同じような感覚で調理していただくのがおすすめです。
京都はなれ店では、醸鹿を使用した「こうじ仕込み鹿ローストバーガー」を限定メニューとして提供していただきましたね。
遠方からわざわざ足を運んでくださる方もいらっしゃって、驚きました。鹿肉には「固くて臭い」というイメージをお持ちの方も多いようでしたが、実際に召し上がったお客様からは「柔らかくて食べやすい」「美味しい」と大変好評でした。

都会を中心にジビエ料理への関心は高まっているように感じますが、捨てられる命の方が多いのでしょうか?
残念ながら、実際はかなりの数が廃棄されています。捕獲場所からの搬出が困難なケースも多く、食用として処理するには多大な手間とコストがかかるのが現実です。全国的に見ても、ジビエとして活用されているのは、全体のごく一部に過ぎません。
ただ、これは単に「命を無駄にしている」というよりも、「それほどまでに獣害が深刻化している」と捉えていただくのが、実情に近いと思います。
但馬地方にはどのくらいの猟師さんがいらっしゃるのですか?
但馬地方全域では、数百人規模になると思います。新温泉町内だけでも100人ほどの猟師さんがいて、ここ数年で若手も増えてきています。その多くは兼業で活動されており、普段は農業や会社勤めをされていたりと、様々な仕事をしながら猟に関わっています。
獣害が深刻化しているとのことですが、実際にどのような被害を受けているのでしょうか?
被害は多岐にわたります。田畑を食い荒らすような「食害」はイメージしやすいと思いますが、それ以外にも、道路への飛び出しによる交通事故が後を絶ちません。車が大破するような深刻な事故も起きています。
また、山林への被害も甚大です。昨今問題になっているクマによる被害も、元をたどれば、鹿が山林の植物を食べ尽くしてしまい、生態系のバランスが崩れたことが原因の一つとなっています。

獣害はどこに起因していると思いますか?
「自然環境の変化」と言葉にするのは簡単ですが、その要因は本当に複合的です。但馬地方においては、積雪量の減少や山林の植生の変化、あるいは豚熱(CSF)によるイノシシの減少など…
そうしたたくさんの小さな変化が積み重なった結果、今の深刻な獣害につながっているのだと思います。
最後に、今後の目標をお聞かせください。
「奥八田杜の鹿肉工房」での活動を通じて新温泉町の魅力を発信し、一人でも多くの方に、この奥八田地域や上山高原へ興味を持っていただけたら嬉しいですね。そして、地域の特性を活かした「持続可能な営み」のモデルとして、未来に繋がる活動をしていきたいと考えています。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。