<アーティストステートメント>
私の故郷は郊外にあるため、都市に比べると変化は緩やかですが、それでもここ10 年で開発が進み、昔から住む人たちの世代も変わり、家が建て替えられ、自分の見知った風景が変化していく過渡期が今まさにここなのだと静かに実感しながら日々を暮らしています。
幼い頃から慣れ親しんだ風景がそっくり変わらず残る場所もあれば、気づいたらすっかり変わってしまっている場所もあります。ただ、そこは昔の風景を思い出せなくなるほど自分の今の生活に馴染んでいる新しい風景でもあります。自分の見知った風景が失われてしまう場面に立ち会うとき、ひどく心が痛みます。しかし思えば、幼少の頃に見た風景も、昭和の時代に新しく整備されたものたちがほとんどで、そのひとつ前の時代にあった風景のことを私は知りません。新しく出来た風景も、私がここに暮らす限り、やがて日常に馴染み、私の故郷の記憶の一部となって、ノスタルジーの中に組み込まれていくので、写真や絵の記録がないと私は生活しながら過去の風景のことをいとも簡単に忘れてしまいます。
常に変わらずあるように思えて、絶えず変わり続けている中に身を置いていることを受け入れ、時々受け入れられなくてとても寂しくなってしまうことすらも受け入れていく。それは故郷に暮らし続けることでしか獲得しない郷愁です。故郷で暮らし、日々移り変わっていく風景を目の当たりにしながら、故郷は記憶の中にしかないものなのか、いったい私の中で故郷たらしめるものは何なのか、ということを最近よく考えています。ーー八太栄里
2026年10月9日から、Feel Records 京都はなれ店「ギャラリーにかい」にて開催される、八太栄里個展『遠きにありて思ふもの』。当展示の開催にあたり、アーティストのバックグラウンドや個展の見どころについてお話を伺いました。
土地に蓄積した時間、人々の息遣いを落とし込む
自己紹介をお願いします。
画家の八太栄里です。アクリル絵具で自分の地元の風景や旅先で出会った風景など、実際に自分が訪れたことのある場所を描いています。その場でスケッチをするのではなく、スマホで撮った写真を見ながら、その画像を忠実に再現・模写するといった手法で描いています。
絵を描き始めたきっかけを聞かせてください。
小学生の頃からイラストレーターという職業に憧れていました。可愛いキャラクターを描いて、それが本に載ったりグッズになったりしていろんな人の目に触れる。私も将来はそんな絵を描く仕事をしたいと思い、中学校では美術部、高校は美術専攻、そして専門学校ではイラストレーション学科というふうに、幼いころから途切れずに常に絵を描いていました。
影響を受けたアーティストや作品を教えてください。
10代の頃は音楽が好きで、音楽に携わる絵の仕事がしたいと思っていました。ASIAN KUNG-FU GENERATIONのCDジャケット等を手がけられているイラストレーターの中村佑介さんの存在に憧れていました。
そんな中で、現代アートを知るきっかけになったのは、美術家の大槻香奈さんです。大槻さんも私の好きなKARENというバンドのアルバムジャケットを手掛けられていて、大槻さんの個展を見に行ったことをきっかけに現代アートのギャラリーやアートフェアを知り、自分も現代アートの枠組みの中で活動をしていきたいと思うようになりました。
また、今の自分の作風に大きく影響を与えているのは、芸術作品ではなく書籍ですが、民俗学者、宮本常一著の「忘れられた日本人」です。歴史の中で語られてこなかった名も無き”普通の人々”の暮らしや生きざまが克明に記録されていて、そういった忘れ去られていくものに目を向けること、記録することの尊さを知り、自分の絵もそうでありたいと、自分の作品に役割を見出すきっかけとなりました。

作品で表現しているものは何ですか?
描くものは自分の目を通して見た実在する風景ですが、その中にある、その土地で流れ、蓄積していった時間や、その土地で暮らしてきた人々の気配や息遣いを想像しながら画面に落とし込んでいきたいと考えています。
画面に登場する少女は自分自身を表すものであったり、その土地に行き交う人々が残した「残留思念」としての性格をもったりします。一概に作者本人とは言い切れないので、「思念ちゃん」と名付けています。
故郷に暮らし続けることで獲得した郷愁
ギャラリーにかいで開催する個展のコンセプトを教えてください。
私は生まれてからずっと故郷を離れたことがありません。ずっと同じ土地で愛着を持ってこれまで暮らしてきました。それ故に、自分の内にある故郷への思いが、自分の年齢が積み重なるに従って、故郷を遠く離れて抱く望郷の念とは全く違う複雑なものへと形成されていっているような気がしています。
今回の個展では故郷に暮らし続けることで獲得した郷愁を自分なりに整理したいと考えます。個展のタイトルは「遠きにありて思ふもの」と名付けました。これは室生犀星の有名な詩「小景異情」の冒頭の句である「ふるさとは遠きにありて思ふもの、そして悲しくうたふもの」から拝借しました。
この詩は犀星が故郷に抱く複雑な思いをうたった詩として知られていますが、内容とはうらはらに、故郷の金沢に滞在中に書かれた詩とされています。故郷で暮らし、日々移り変わっていく風景を目の当たりにしながら、故郷は記憶の中にしかないものなのか、いったい私の中で故郷たらしめるものは何なのか、ということを最近よく考えています。

今回の個展では、どんな作品が展示されますか?
私の故郷である京都府亀岡の風景の作品を展示します。なくなってしまった風景、まだある風景、変わりゆく風景など、さまざまな時間軸が混在する展示となりそうです。
八太さんにとって、表現とは?
年に1~2度行う個展に関して言うと、自分がその時々でどんなことに興味を持ち、物事をどのように捉え考えていたかをまとめ、記録する作業のつもりで発表をしています。
絵に関して言うと、たとえば100年先、自分の作品が誰かの手元に残ったとして、この時代の風景を記録する貴重な資料として、私が知らないところで思いもよらない価値が生まれていれば面白いなと想像しながら制作を楽しんでいます。

八太栄里 Hatta Eri
1989 年京都府亀岡市生まれ。現在も在住。自身の故郷や旅先で見た風景をアクリル絵具で、細密でありつつ非現実感が漂う独特なタッチで描く。画面に登場する人物は風景を傍観する作家自身を反映するものであり、また、その土地に行き交う人々が残した「残留思念」の象徴でもある。ありふれた日本の地方の風景の中に眠るその土地で暮らしてきた人々の気配や息遣いなどを第三者の視点で淡白に記録する。
近年の展示
- 2026年|漂うもの(氵/京都)
- 2026年|過ぎゆく日のよすが(近鉄百貨店本店あべのハルカスアートギャラリー/大阪)
- 2025年|一番古い記憶(芝田町画廊/大阪)
- 2024年|八太栄里絵画展(近鉄百貨店本店あべのハルカスアートギャラリー/大阪)
- 2023年|散歩の記録/邂逅(MASATAKA CONTEMPORARY/東京)
- 2023年|風吹く地(柴田町画廊/大阪)
八太栄里 オフィシャルサイト:https://ellie.egoism.jp/
八太栄里 Instagram:https://www.instagram.com/ellie_31773
八太栄里個展『遠きにありて思ふもの』
会期:2026年10月9日(金)〜10月17日(土)
※休廊日:10月13日(火)、14日(水)
10:00~18:00
入場無料